中根信由の巻 (インタビュー/池野奏)
写真:川島浩之独特の動きで目をひく中根信由さん。稽古場でも不思議な存在感を放ちながら、静かにしかし決然と、思いを語ってくれました。
中根信由(以下、中根):「道成寺」はフラメンコという枠におさまっていないところが好きです。元々、大学のサークルで演劇をやっていたこともあり、舞台作品として存在していることに惹かれます。
―役者だったのですか。中根:はい。その他スタッフもすべて学生で、皆で分担していました。今、desnudo(鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコライブ)で照明をやらせてもらっているのですが、実は当時も照明だったんです。
―その経験を買われて。中根:いえ、それがまったくの偶然(笑)
大学のサークルといえども、舞台監督にゆく人、照明にゆく人、衣装にゆく人…いろいろなんですけど、僕は照明でした。自分で選んだのかな…役者をやりたくて入ったのですが、照明のプランを作ったり、それに合った機材を選んで自分たちで借りに行ったりというのも面白かったです。
―学生演劇を始めたきっかけは何ですか。中根:中学2年の時、有志を募って学芸会で演劇をやる先生がいたんです。そこですっかりはまってしまって。高校では演劇ができなかったので、大学に入ったら絶対にやろうと決めていました。
そもそも僕は、超受け身型の人間なんです。兄がいるので、常に兄ちゃんからエレベーター式に情報が来て、その影響を受けてきた。プロレスなんかもそうで、新日本より全日本が好きでした。小学校時代ずっとプロレス名鑑なんか読んだり、プロレスごっこでアキレス腱固めはどうしたら痛いか研究したり。
演劇は、そんな中で珍しく兄からのエレベーターでなく好きになったんです。その中学時代の出会いがなかったら、演劇はやっていなかったと思います。
―演劇との出会いは、フラメンコにもつながっていますか。中根:はい。そもそもは芝居のためと思ってフラメンコを始めたんです。あるスペイン人の踊りを見て、感情表現に重きを置いていると感じました。それで演劇に役立てようと。ところがより専門的に踏み込んでゆくうちに、クルッと何かが変わった時があって、芝居のためと言うよりフラメンコそのものに夢中になっていた。その流れで2005年の「曽根崎」(『FLAMENCO曽根崎心中』)のオーディションを受けることになるんです。
―今は高校教師をしながら舞踊団活動をしているそうですね。中根:はい、化学と物理を教えています。普段僕は引っ込み思案なんですが、教壇に立つと全然違う気持ちになるんです。舞台とある意味同じかもしれません。
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「化学が苦手な生徒ほど成長が起こると嬉しい。」と言うなり、ハッとした中根さん。「道成寺」ではどんな成長が起こるのか、初日は目前に迫っています。